収骨の作法

 少し前になりますが、遠方までご葬儀のお勤めに参りました。
 火葬場での御収骨に立ち合ったのですが、その火葬場では大部分の御遺骨を箸を使って骨壺に収骨したあと、最後にお顔部分の御遺骨をお近い親族の方のみが収骨する形でした。
 で、その際の火葬場の方の収骨の説明は「お顔の部分の御遺骨は故人様にお近い方で、『素手』で収骨なさって下さい。または、お箸を用いて頂いても結構です」と…。
 私は「お~」と声を上げそうになりました。これは正に現代版・収骨版の踏み絵だなあと感じたのです。
 僧侶は収骨に加わることはまずありません(…合掌をしている、読経をしているから? 収骨迄ご一緒しないこともあるから? はっきりとした理由は分かりませんが、親族として参ったのではない葬儀にて、今まで私は収骨をしたことがありません。私は特に素手では嫌だとかの感覚はありませんが)。
 ご家族・親族が収骨をされるのは自然だと思いますが、お骨を素手でと言われたら、抵抗のあるお方もいらっしゃるのではないかと思います。例えば今まで確執のあった御家族とか…御遺骨に一切触れたくもないという気持ちのお方も存在するのではないかと思うのです。
 『箸ならまだしも…素手で…え?…でも他の人は素手で収骨しているし、私だけ箸を使うことは出来ない…でも…どうしようか…』
 この火葬場では毎日、多くのお方のそんな気持ちの逡巡が繰り返されているのではないかと感じたのです。箸を用いたことで後に親族での揉め事に発展した…なんとことは全くなかったのでしょうか?
 お勤めさせていだいた御家族はそんな悩み・思いなど全くないように、皆さん普通に素手で収骨していらっしゃいました。
 私の考え過ぎかも知れません…でも、葬儀というご遺族ご親族にとってのとても大きな儀式にて、こんな苦悩を生み出してしまう「素手か箸か」の選択を迫るのはどうなんだろうと思いました。
 あなたはどうお感じになりますか?
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