酒飯茶なんど…

「いずくにも寄合のときは、ただ酒飯茶なんどばかりにて、みなみな退散せり」…蓮如上人が御文章にてお嘆きになっておられます。
 お寺でも、食事や楽しい行事は人気があります。そして「仏教は難しくてよくわかりません」というお言葉もよく聞きます。
 お寺は「飲んで食べてしゃべって良い気分になる」場所なのかどうかです。そしてそんなお寺は「飲んで食べてしゃべって良い気分になる」ことの出来なくなった故人や、その方の葬儀や法事の際の御布施によって成り立っています。
 住職、結構厳しいこと言うなあ…自分らには難しいことは要らん。結構じゃないか…私は「飲んで食べてしゃべって良い気分になる」なら、それで十分だよ。それ以上は望まんよ…。
 でも、そういうお気持ちでいる私に、そう遠くない将来「飲んで食べてしゃべって良い気分になる」こと(すら)が出来なくなるのがあなただよ…とおっしゃるのが仏様です。
 仏様は厳しいことをおっしゃいます。でもそれは裏返せば、あなたを酒飯茶だけの人生で空しく終わらせない、終わらせたくないという仏様の願いの表れだということです。
 仏になんかなりたくない…その気持ちのままでは人生の最後が空しく終わってしまうよ の御心です。
 酒飯茶を否定しません。住職の私も大好きです…でもだからこそ、自分だけでなく、周りにおられるお方と一緒に、いろいろな悩みを抱えてお困りのお方と一緒に酒飯茶致しませんか? その方が賑やかで、その方が嬉しくて、その方が美味しいはずです。
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