お悩みの解決方法

 「ハスノハ」という僧侶がお悩みに回答するというサイトに「エラそうに」回答を寄せるようになってから、少し感じたことがあります。

 それは、「釈尊は生きている間にさとりをひらき、悩みや苦しみから解放されたのであるから、今生きている坊さんは別としても、仏教には今の自分自身の悩みを解決出来る道・方法があるはずだ。それを教えて欲しい」といった考えのお方がみえるということです。

 しかし、浄土真宗の開祖・親鸞聖人も85歳になって我が子善鸞様を義絶(親子の縁を切ること)されています。そこには聖人の相当の葛藤と苦悩があったことと想像致します。

 一方で聖人のお師匠・法然聖人はそのような苦しみに出会うことはありませんでした。なぜなら妻帯されなかったからです。生涯独身であったからでした。

 そうです。夫婦・家族は、人間が本質的に求めるものですが、それは煩悩が求めるものであり、結局は苦しみの元なのです。

 だから、釈尊の教団では結婚することはありませんでした。苦しみをその根本から無くす為です。

 人間が自らの夢や希望を叶えるとは、自分の煩悩を満たすことです。そのことで得られる喜びは本物ではない…これが釈尊の見立てです。

 自分の今の思い・欲望を満たすことが出来ないから辛い…実はその解決方法は仏教にあるけれど、それはあまりに「誰にでも分かりきったこと」であって、「それを言ったら身も蓋もない」ことなので、多分自分が受け入れません。

 だから苦しみは無くらない…自分が苦を無くそうとしない、手放さない、諦めないのです。

 「今は希望があるから絶望ではない」…そう思うが故に私の心は転換(変化・チェンジ)出来なくなってしまいます。

 希望を捨てないとは、今の状態をさらに続けていく決意です。随分と辛い道を選択するものですね…人間とは。


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