ただ気付き…

 仏教は目覚めの教えなんですよね…「気付くこと」なのです。
 人間は自分の知性・理性・経験でものごとの善悪を判断します。
 ただ、その大元の自分の物差しは大丈夫か?ということです。自分では判断がつかない、自分では変えようのない、自分自身そのものは絶対に正しいかどうか? 誰にも分かりません。
 昨日のTV番組で相手と対するときの「3つのカメラ」なるものが指摘されていました。自分側のカメラ、相手側のカメラ、そして自分と相手を一緒に俯瞰するカメラです。全体像をとらえるカメラです。
 この自分に対する客観的な見方が、自分ではなかなか…いえ、絶対に出来ません。
 それを我に伝え、明らかにし、我に客観的なものの見方を教えて下さるのが仏法です。
 自分は必ず正しい…それは間違いだと判断する「立派な、手の付けようのない、理性的な自分」にスポットを当てるのが仏法です。
 だから、恥ずかしいし、面倒だし、ワケわからんとなるのです。
 本当の自分など知りたくないのです…煩悩まみれの、自己中心の、汚い心の自分など…。
 それを明かすのが仏法です。
 仏法に出遇うと隠しようのない自分に出遇えます。自分を隠さずに生きていけるのです。
 なんか、難しいこと書きましたが、最近また気付くことがあったので、ついこのような文章となってしまいました。御読み頂いて幸いです。
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