わら人形

 先日、わら人形に女性の名を書き、釘を刺した状態で相手方の経営する店の駐車場に放置した男が「脅迫」罪で逮捕されました。
 今時!…という気持ちが私にはどうしても拭えないのですが、やはりあるのですね。
 相手は好意を寄せていた女性で、それ以前にもその女性の車をパンクさせるなど行為があったようです。
 好きが高じて、何とか我が思いを伝えたくて、受け入れさせたくて…ということでしょう。

 相手の心は思うようになりません。それは簡単に理解出来ます…自分は他の誰かの思い通りになるか?動くか?ということです。そんな当たり前の事が理解出来ない…どこまでいっても人間は自分中心に物事を考えるようになっているんですね。
 わら人形に「効果は一切ありません」…ウソだと思ったらどうぞ試してみて下さい。私の名を書いて…と思いましたが、それはもしかすると犯罪を誘発することになるかも知れませんのでお勧めは致しません。
 思いを遂げるには一に努力、二に精進です。で、ダメなら諦めましょう。
 思い悩まれておられることあれば、どうぞお寺(もんしんと会館)にお越し下さい。お待ちしております。

横綱 稀勢の里誕生

 稀勢の里関が横綱になり、コメントを求められて『一日も早く引退して欲しい』と語ったのは…。
 ライバル力士ではなく、実のお父様でした。
 「(観ている)皆さんは場所が始まるとワクワクするでしょうが、こっちは辛いんです…勝っても負けても」また「おめでとうというより気の毒だ」ともおっしゃいました。
 横綱の仕事は相撲を取ることではなく、相撲を取って勝つことです。勝って当たり前の世界です。横綱の上はありません。あとは引退より他に道は無いのです。どれだけ辛い、また名誉ある重責かと思います。
 私達も生きている間に、知らぬ間に横綱を目指しているようです。上へ上へと…その先にきっと幸せが待っているだろうと想像するのです。でも実際は人生最後必ず死んで終わります。生きていられる時間はそう長いものでもありません。
 なのに、目指すは横綱のみ。昇進出来ればよいが、なったらとても辛い思いをするぞ…昇進出来なければ、やっぱり辛い思いをするぞ。
 そんなあなたが心配だの親心。阿弥陀様と稀勢の里関のお父様が重なって見えたのは、私の思い過ごしでしょうか…。

何ともならないです…

 人生、自分の思うようにはいきません。
 自分の身体も、自分の心もそうです。人様であれば尚更…自分の思うようにはなりません。
 これはある意味当然のこと。それぞれが、それぞれの思いを持って、それぞれの人生を歩んでいます。だから、想いや行動が異なっても当然なのです。
 何ともならないことは何ともなりません。そのままです。
 もちろんそうであっても自身で出来ることはすべきですし、それが生きるということです。
 生きることは大変で、面倒なものです。
 「最近そうなってきた」のではなく、元からそうなのでした。
 この点は認めて、あきらめて精一杯生きていきましょうか…。ああ、生きるのは大変ですね…。
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