父の二十三回忌法要

 先日、父親の二十三回忌法要に参詣する為、三重県松阪市の実家の寺に帰りました。…帰るというよりは、今となっては正確には「参りました」でしょうね。
 日帰りでの慌ただしい法要でしたが、久しぶりにお墓参りも出来ました。いつものように早口で(その時は独りで)短いお勤めをしたのですが、今までに感じたことのない郷愁のような、「帰ってきました」「よう、お帰り」といった父と会話をしたような気持ちになったのです。
 これは、不思議な感覚でした。上手く説明出来ません。いや、お墓参りというのは普通こういう気持ちになるものなのかも知れませんが、まさか人様に「お気持ちはどんなですか?」と聞くわけにもいきませんし、人それぞれなのでしょう。
 思えば、父の臨終の際にも涙の出なかった私です。当時私は30歳。実家の寺を出て既に12年を経ており、半ば父親と会わない生活が普通になっていました。だから父が亡くなったといっても実感が湧きにくかったのも事実です。
 しかし、そのことで私は親の死に際しても涙の出ない冷たい人間なんだと実感したのです。ちょっとヘンなんじゃないか。生前良くしてくれた父に対しても失礼なんじゃないかと、自分を責めるような気持ちになりました。
 今回なぜ素直に「ただいま」「お帰り」の会話が成立したように感じたのかはよくわかりません。自分が齢を重ねた為(52歳)かも知れません。
 こんな気持ちは教えられて味わえるものではないでしょうし、その気持ちになろうと思ってなれるものでもありません。
 一つだけ言えるのは「本当に嬉しかった」ということです。ある意味自慢したいくらいです。この気持ちはお金では買えませんし、勉強しても味わえるものではないでしょう。
 これを仏様のはたらきと申すのでしょうか…答えは私にはまだわかりません…。

同じ人間です。

 先日 某テレビで、「アフリカ・ザンビアのテレビ局による日本取材」に一週間密着した番組を放送していました。
 やっぱり一番興味深いのは、皆そうでしょうが、「その国の食べ物」でしょう。東京下町の商店街で『おでん』を取材したスタッフが、「はんぺん」を試食します。「この食べ物の材料は何ですか?」という問いに、お店の人が「サメです」と答えると、女性レポーターがビビリます。
 「あ~私がこれから食べる物はサメから作られているんですよ…」と何度もためらいつつ、恐る恐る口にして、笑顔になります。お店の人も笑顔です。
 日本のテレビ局の女性レポーターでも良くある当たり前の、普通の光景です。しかし食してるのは、ドレッドヘアの黒人レポーター。私達がアフリカの食べ物といって想像するのは何でしょうか。例えば野生動物の肉とか、動物園でしかみたことのない生き物の肉とかそういった物を食べているんじゃないか思ってしまいます。そうかも知れませんが、それはそれで、その国の文化なのです。
 日本は先進国だから、食べ物も洗練されていて、どれも美味しい。そうかも知れませんが、そうでないかも知れません。納豆を含めていろんな物を食べるんですから…。「はんぺんがサメの肉から出来ている」のは私も知らなかったし、それを知ったレポーターは、おっかなびっくりはんぺんを食べることになる。
 取材を終えたザンビアテレビ局スタッフにインタビューをしていましたが、日本の感想を聞かれて、とてもガタイの良い男性カメラマンが「みんな優しくて、自分達を立ててくれた…」と、感激の涙を流しながら答える姿が印象的でした。
 みんな同じ人間なんですよね…日本人もザンビア人も。こんな当たり前の事に改めて気付かされました。
 みんな同じ人間なんです…フランス人もシリア人もアメリカ人も、そして「イスラム国」の兵士も…。
 このことが割と知られていないようでしたので、敢えて書いておきたいと思います。

科学技術の発展

 今のこの瞬間も世界中で多くの科学者の方々が、新たな科学的発見、新技術の発展の為に努力なされておられることと思います。本当に有り難く尊いことで、唯々頭が下がります。
 しかし目指すその技術は全く新しいものではあっても、科学の発達の結果によって引き起こされた「不都合な真実(事実)」に何とか対処する為のものである場合が増えているようです。例えば、「原発廃炉」「地球温暖化、温暖化ガス削減 」「環境汚染」「アレルギー対策」等々…キリがありません。
 科学が発達することで、人類の生活が豊かで便利になります。しかし、その分人類は新たな困った局面に接することになり、その打開策が求められることになります。…暴論かも知れませんが、「便利になった分」と全く等しいだけ「困った状態」に置かれる、それが本当のところではありませんでしょうか。
 本当は人間は自然のまんま、自然に一切手を加えず、生きていくべきなのでしょう。他の生き物は皆そうしていますから。
 え、私ですか? この体型ですから、多分自然のままなら 自然の掟によって幼き頃に他の動物の餌食になっているでしょうね。
 そのことを自分は受け入れられるか…受け入れたくはありません。だから、これからも科学の発展を喜び、片や環境の汚染に苦しみながら生きていくのでしょうね。
 他に何にも出来ない私ですから…。
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