トライアウト

 昨夜、テレビで球団を解雇された(元になるんですね)プロ野球選手が、『トライアウト』と呼ばれる プロ選手 再契約獲得の場(試合形式で実力をスカウト達にアピールする最後の機会)の為に奮闘する番組が放映されていました。
 一言、プロの世界は「厳しい」ですね…皆さん、解雇されたとはいえ、ものすごい剛速球を投げるんですよ…そりゃそうですね、プロですから。高校野球や大学野球のレベルではダメなんです。
 そして家族がいます…奥さん子供さんが。プロ野球選手であり、また一人の普通のお父さんなのです。一家の大黒柱でなくては。「明日から無職です」では家族皆が困ってしまいます。
 じゃ、坊さんはどうか…坊さんはプロなのか? プロであるべきか? プロになってはいけないか?
 難しい問題です。思うに…正解は無いのかも知れません。プロはその仕事で給料をもらうわけですから、坊さんの本義から言えば「プロ坊主」とは、なにか違和感を覚えるというのが自然です。
 じゃ坊さんはアマでよいのか?…良いとは言えませんね。独り身ならまだしも、家庭があれば家族を養うことが必要になりますから。もちろんそれは僧侶の側でなくても構わないと思います。「プロ」として仕事をする連れ合いの収入で生きる道もあります。
 でも、僧侶・坊守で家庭を築いていくのであれば、やっぱり何れも「プロ」にならなくてはならないと思うのです。絶え間ない自己研鑽によって僧侶として坊守として、「プロ」として、やれることはちゃんとやる、自分を向上させていく、その努力を怠ってはならないと思います。
 で、プロの僧侶とは…「人様の苦悩に寄り添うプロ」ということに尽きるんだろうと思います。言うのは簡単、為すのは至難ではありますが…。
 でもやらなきゃいけません…だってプロなんですから。御布施お預かりし、そのうちから給料を頂いて家族で生活をしているのだから。
 やるしかありません…これが私の来年の抱負です。
 

クリスマスって…

 町がクリスマス一色になっていますね(…と言いながら、そういった華やかな場所にも行ってないので実感はそれ程無いのですが…ただ、ラジオなどでクリスマスの音楽をよく聞くものですから)。
 しかしクリスマスって、ほぼイブに「ケーキやケンタッキーのチキンを食べて、サンタさんからプレゼントもらって、また人には贈ったりして、それでもってカップルが愛をささやく」趣旨のものなんでしょうか? 
 そもそもクリスマスって何の日か皆さん知っているんでしょうか? ちょっと怪しいですよね …実際はイエス・キリストがお生まれになった日なんだそうです。キリスト復活の日と勘違いされてませんでした?
 なんかクリスマスに「全く」キリスト教色が無いのがおかしいと思っているんです。大体サンタだって「聖ニコラウス」という聖者が、貧しい家庭の娘が身売りすることを知って金貨を投げ入れた伝説から始まっているそうじゃないですか。それが今や、ミニスカサンタとか言って、アイドルみたいに振る舞っていたりします。
 なんか一宗教家として、どうなんだろうと思うのです。あまりと言えばあまりにも…という感じです。日本でこんなふうにクリスマスを過ごしているのは、つまり「キリスト生誕を祝う」ことなど全くなく、ただ「楽しみ、騒ぐ」だけで終わってしまっているのは、クリスチャンではない私も疑問に思うのです。
 いえ、毎年クリスマスに誰からも誘われることなく、全く無関係に過ぎ去ってしまうことにふてくされて愚痴ったんじゃありませんから…真意を汲んで頂きたく…御願いしますね…。

マララ・ユスフザイさん

 遅ればせながら、ノーベル平和賞を授賞されたことを祝福致します。
 世の殆どのお方が授賞に納得し、喜んでおられるでしょう…タリバーンを除いては。
 「パキスタン・タリバーン運動(TTP)」は授賞を悔しがっているのでしょうが、皮肉なことに普通の一少女であるマララさんにノーベル賞が授与されるきっかけに与えたのが、彼らの銃撃だったんですよね。
 そして、マララさんは「タリバーンはコーランを学んでいない」と批判しています。もちろんその主張は当を得ているのでしょう。TTP側はマララさんを銃撃したことで、想像を遙かに超えた痛手を受けたと感じているのかも知れません。
 女性も学びたいという日本では当たり前の主張をしたことで、攻撃をされる…そして攻撃した側は世界的に徹底的に批判されています…当然ですが…。
 でも、本当に「当然」で済ませてしまってよいのでしょうか? タリバーンの戦士達はなぜマララさんを襲ったか…襲うことが彼らの正義であったからでしょう。攻撃した張本人はただ上司からの命令に従っただけかも知れません。大体タリバーンの構成員の中には「タリバーンに入れば少なくとも食べていける、生きていける」という理由から加わった子供、青年も多いそうです。
 もしかすると彼らはコーランを暗記していても、内容までは理解していない…理解出来る程の教育を受けられなかったのかも知れません。
 そうしますと、あれだけの主張の出来るマララさんは「か弱い一少女」、タリバーンは「悪知恵の働く無頼者」と決め付けるのはちょっとおかしいのかも知れません。
 原因ははっきりしていると思うのです…貧困です。タリバーンは貧困を糧として成長し、マララさんら目障りな者の口を封じて自分の主義主張を貫こうとしているのです。
 マララさんら少女と同じく、いえもしかすると、それ以上にタリバーン戦士に教育が必要なのではないかと思うのです…。

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