ケラ

 久しぶり…もう何十年かぶりに「ケラ」と遭遇しました。「オケラ」という昆虫です。ばくちですった様を、ケラを正面から見た姿「もうお手上げ」(ケラの前脚は特殊な形で、穴を掘るのがとても上手です)と喩えたことで、「おけら」というと何だか有り難くない生き物と受け止められるようになってしまいました。
 小さい頃(三重の実家)はよく見かけましたが、此の度は会館横のアスファルト舗装の上を心細そうに歩いていましたので、捕らえて土のある場所に放してやりました。
 会館では建設直後に壁にヤモリを発見しましたし、虹色のカナブンも飛んできていました。
 まだまだ姉ヶ崎には自然が残っていますね。
 でも、会館建設で小さな、多くの命を奪ってしまいました。もうここで住むことが出来ないようにしてしまいました。虫たちに一言の詫びも挨拶もせずに…お金払ったからと堂々と土地を占領しています。
 何も物言わぬ小さな生き物の存在、忘れていますね。
 ちゃんと自然界からのお返しはあると思います…コワイ表現ですが。
 仏教は因果ということを申します。会館建てて自然壊した結果は、私達にちゃんと返ってきます。
 それはこの身で引き受けるしかありません。こんな私に阿弥陀様はじっと寄り添って下さいます。許さず、捨てず、見離さず…。

浮き草…

 随分寒くなりましたので、熱帯性のスイレンを室内に入れる為に手入れをしました。
 中でも驚いたのはスイレン鉢で増えてしまった浮き草の、その根っこです。スゴイです…スイレンの茎に細い根で流されないようにビッシリと張り付き、取り付いています。おまけにその根に藻が発生して臭いまでしています。全部取り除くのに随分時間が掛かりました。
 法話で浮き草は「根無し草」と言われ、風でいろいろなところへふらふら動くことから、御聴聞せずにあっちこっちへとさまよい、漫然と煩悩に則って生きている私達の姿によく喩えられます。
 でも、浮き草の姿からはそんな軽い感じの私の姿ではなく、煩悩の根っこが長く、とても多く、おまけに臭みまで感じさせる煩悩まみれの我が姿を思い知らされました。
 浮き草をなめちゃいけないですね…すぐはびこって根絶も難しいのです。
 全く煩悩から逃れることの出来ない我が姿そのものですね…。
 

思い込み…

 先日、築地本願寺報恩講 帰敬式で受式直前「お手洗いに行きたいのですが」と係の方に告げる私より若い女性…事前に行っとけば良いのに、と私。
 もうちょっと前の防火管理者講習会で席に着こうとした際、隣の人に「失礼します」と声掛けましたが、無言。後の人も私が椅子の背にコートを掛けるのに投げ出した足を引いてくれません。
 …どうしてこうなの? 人間ってホント自分本位なんだ…自分さえ良ければと思う生き物なんだなと、私。

 結局お手洗いを我慢され、受式後を係の方に誘導されて早めに退席されたのは、その方のお母様らしき方でした。勝手な思い込みですみません。
 講習会の効果測定テスト用紙を横の方、その後 後の方に配り(係の方の指示通りに用紙を回し)ましたら、お二方とも「有り難うございます」とのお言葉でした。しかも最後席で枚数が一枚足りなくなり、お尋ねがあったのですが、それは私がお隣の方に2枚重ねて配ってしまったからでした。どうもすみません。

 世の中、腹の立つことは多いです…どういさめられてもおかしいものはおかしいと、公正でない、間違えている、他人の迷惑だ!と思うことは多いです。
 でも同じくらいの頻度で、自分の思い込み、勝手な判断でぷりぷり怒っていることがあるんじゃないかと感じました。
 怒るのはもうちょっと考えてからでも遅くないかも知れません。
 ピーピーケトル(音で知らせるやかん)のあの音は周囲に不快なものです。「自分のやかん」は鳴らさないに越したことはないですね…。

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